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祝!藤井聡太新竜王誕生:持ち時間と手番(先手/後手)での勝率を統計的に分析してみる

増川 直裕

 

先週末(2021年11月13日)、将棋の第34期竜王戦第4局にて藤井聡太三冠が勝利し、竜王のタイトルを獲得、四冠になりました。将棋の話題が新聞の一面に掲載される、号外が配られるというのは珍しいことですが、これも彼の圧倒的な実力と人気によるものですから、不思議なことではないのでしょう。

 

筆者は、藤井新竜王が初めてのタイトルである棋聖を獲得した昨年7月に、その時点での手番(先手/後手)や持ち時間と、勝率と関係を調べた記事を書きました。それから、1年4ヶ月ほどで3つもタイトルが増えたことは、ただ驚きでしかありませんが、折角なので、この注目されている機会に、現時点での成績でアップデートをしていきます。

 

以下は、2021年11月13日時点での、藤井聡太竜王の成績をもとにした考察になります。

 

■先手と後手の割合

将棋を指す方はご存知かとは思いますが、将棋は先手番の方が、後手番より若干有利なゲームだと言われています。最近は、タイトル戦の番勝負など同じ相手と何度か勝負をする対戦で、自分が後手番のときに勝利することを、テニスで相手のサービスゲームでサーブを受ける側がゲームを取ることにちなんで、「ブレイクする」とも言われています。

 

以下は、藤井竜王の先手番、後手番の試合数、割合を示したものです。

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以前から後手番が多かった藤井竜王ですが、最近は先手番になることも多く、通算では46%です。それでも、まだ後手番の方が多いことになります。この後対局を数多く重ねるごとに、50%に近づくはずですが、現時点では、後手番が多いという少し不利な状況の中でも次々とタイトルを獲得し、高勝率を上げているのです。

 

■持ち時間別、先手/後手の勝率

今度は、棋戦ごとの持ち時間別に勝率を見ていきます。持ち時間は棋戦ごとにさまざまですが、今回は、1時間以下、3時間、4時間、5時間、6時間以上の5つのカテゴリに分け、先手番、後手番の勝率を調べてみます。下の折れ線グラフは、横軸が持ち時間、縦軸が勝率を示します。灰色の点線で示した折れ線は先手/後手で分けないときの勝率になります。

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どの持ち時間でも圧倒的な高勝率を収めていることは確かですが、先手、後手のいずれの場合でも、4時間のときの勝率が比較的低く、それより長くなるにつれて高くなっていき、6時間以上のときが最も高いことがわかります。

 

さらに先手と後手で分けて考えると、4時間以内の棋戦では先手が後手に比べ勝率が10%ほど高くなりますが、5時間ではほぼ同じ勝率になり、6時間になると後手の勝率が先手の勝率を上回ります。実際、6時間以上の棋戦で後手番のときは1回しか負けていません。

 

この結果から、どんなことが推察されるでしょうか?

 

持ち時間が長くなるほど、多くの局面を読むことができるので、藤井竜王の卓越した読みの鋭さが持ち時間の長い棋戦で生かされており、後手番という不利な状況を解消しているのかもしれません。

 

棋聖を獲得したときも、上のグラフと同じような傾向の勝率だったのですが、そのときは、6時間以上の対局はほとんど順位戦でのものでした。当時の順位戦では格下と見られる棋士とあたっていたので、持ち時間によるものなのか、対戦する棋士のレベルの低さによるものか、またはそのどちらも該当するのかよくわかりませんでした。

 

しかし今では、6時間以上の対戦の中に、タイトル戦(王位戦竜王戦)が含まれているので、棋士のレベルが要因だという考えは、少し薄まっているような気がします。やはり、長考派の藤井竜王は、持ち時間の長さで、後手番の不利を解消してしまうほどの力を持っているのかもしれません。

 

■勝率を予測するモデルのあてはめ

前節で示した持ち時間ごとの勝率(先手、後手ごと)のグラフは、いわゆる”先手/後手”と”持ち時間” の交互作用が勝率に影響しているのかを見ていることになります。先手の折れ線、後手の折れ線が平行でなければ、先手と後手では、持ち時間ごとの勝率の傾向が異なることになりますが、統計的にこの交互作用は、勝率を説明する変数として有意なのかを、統計モデルを作成して見ていくことにします。

 

“勝ち” の確率をp としたとき、次のロジスティックモデルをあてはめます。

 

log (p / (1-p) ) = 持ち時間  +  先手/後手  +  先手/後手*持ち時間 (交互作用) ・・①

 

すなわち勝率を、”持ち時間”、”先手/後手”、”先手/後手と持ち時間の交互作用” で説明するモデルをあてはめてみます。

 

下図は、①のモデルをあてはめたときの、各変数の有意差検定の結果です。どの変数も有意水準5%で有意になっていませんが、持ち時間だけが p値が0.0566 と小さい値になっています。

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このことから、当初関心をもっていた交互作用(先手/後手 * 持ち時間)は有意ではないことがわかり、さらに、先手/後手はあまり関係なく、持ち時間そのものがある程度勝率に影響を及ぼしていることがわかります。

 

■勝率に対する交互作用の予測能力は?

では、①のモデルの説明変数にある交互作用は、勝率を予測する変数として役に立っているのでしょうか? このことを調べるために、次の②のモデルのあてはめ結果と比較することにします。

 

log (p / (1-p) ) = 持ち時間  +  先手/後手 ・・②

 

ロジスティックモデルの予測能力を示す指標として、ROC曲線のAUC(曲面下面積)がよく用いられます。AUCが大きいほど、そのモデルの予測が高いことを示し、完全に予測できているときはその値は1になります。

 

ROC曲線の詳細は、以下の弊社のページをご参照ください。

www.jmp.com

以下の図が、①と②のモデルのROC曲線を重ね合わせて描いたものです。青色が①のモデル(主効果 + 交互作用)、赤色が②(主効果)のものです。

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当然のことながら、①のモデル(主効果 + 交互作用)の方が②のモデル(主効果)のモデルより、交互作用の情報が多い分だけ予測能力が高まります。しかし、グラフをみると、青色と赤色の曲線はほとんど重なっており、大きな違いがありません。

 

実際にAUCの値を見ても、②のモデルの0.649に対し、①のモデルは0.659とほとんど変化していません。

 

さらに厳密に考えるのであれば、二つのモデルに対するAUCの値を比較することになります。”2つのAUCの値が等しい” という仮説に対する有意差検定の結果を以下に示します。

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2つのAUCの差について、誤差や信頼区間を表示させていますが、検定のp値は0.6148であり有意差はありません。そのため、AUCが等しいことの仮説が棄却できなかったことになります。

 

これらのことから、先に示した持ち時間ごとの勝率のグラフでみると、交互作用がありそうな感じも受けますが、統計的に有意差検定をすると交互作用の効果はないといえます。

 

■今後の持ち時間が長いタイトル戦に注目

今までの統計解析により、持ち時間がある程度勝率に影響していることを示しましたが、持ち時間はカテゴリカルの変数としてモデルに含めたため、持ち時間が長いほど勝率が高まる傾向があることを示したわけではありません。

 

実際に持ち時間3時間のときも勝率が高くなっており、1時間未満、3時間、4時間、5時間、6時間と持ち時間が長くなるにつれて徐々に勝率が高まっているわけではないことがわかります。しかし、6時間以上のときの勝率が、先手/後手を問わず最も勝率が高くなっていることに注目すべきでしょう。

 

藤井竜王が次に挑戦者になる可能性がある棋戦は第71期王将戦ですが、王将戦のタイトル戦の持ち時間は、今回の竜王戦と同様に2日制の8時間です。もし挑戦者となり、良い成績でタイトルを奪取できたら、さらに持ち時間の利を感じることができるかもしれません。

 

とにかく、今後の藤井竜王の活躍に要注目です!

 

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www.jmp.com