祝 藤井聡太八冠誕生 先手・後手での勝率を分析してみると、あるターニングポイントが…
増川 直裕
ニュースでも大々的に報道されましたが、2023年10月11日、棋士の藤井聡太竜王が王座のタイトルを獲得し、前人未到の八冠を達成しました。
タイトルを獲得するということは、その棋戦で170名ほどいる棋士の頂点に立つことを意味します。1つタイトルを取ることでも相当難しいのですから、同時期に8つのタイトルを独占する事実は信じがたいものです。
私は藤井八冠が2016年にプロデビューしてから現在まで活躍を見届けてきましたが、八冠達成までに対戦した公式戦410試合の勝敗をデータ化しています。
近年の将棋では、トップ棋士ほど先手の勝率が高くなる傾向があります。そのため、藤井八冠の先手・後手での勝率をチェックするのにデータが役立っています。
そこで本ブログでは、JMPを使って対話的に藤井八冠の先手・後手での勝率を分析してみます。さらに、先手の勝率が高くなるターニングポイント(時期)も探していきます。
■モザイク図で先手・後手での勝率を比較してみると
JMPでは、「グラフビルダー」の「モザイク図」を使うと対話的に割合に関する可視化、分析ができます。
①通算勝率は?
下図は、勝敗(勝ち、負け)の割合を可視化しています。縦軸が割合を示し、右側の凡例にあるように青色が勝ち、赤色が負けを示します。
現時点での藤井八冠の勝率は83.4%であることがわかります。タイトルを獲得してからトップ棋士と対局する機会が多くなったにも関わらず、勝率8割を超えているのもにわかに信じがたいです。
②先手・後手別の勝率は?
次に先手・後手で分けて勝率を調べてみましょう。グラフビルダーでは、「先手・後手」を示す列をX軸にドロップして即座に先手・後手で勝率を比較するモザイク図を作成できます。
さらに先手・後手の勝率について、カイ2乗検定で検定した結果をモザイク図の左上に表示しておきます。
モザイク図は、複数のグループの割合を比較する図として広く用いられています。
上のモザイク図から先手の勝率88.9%、後手の勝率78.2%と10.7%ほど先手の勝率が高くなっています。さらにカイ2乗検定の統計量は8.55、p値は0.0035となっており高度に有意です。これよりカイ2乗検定からも、先手と後手で勝率に有意な差があると言えます。
将棋は先手が後手より若干有利とされていますが、藤井八冠の先手・後手の勝率差は非常に大きいです。藤井八冠が得意とする「角換わり」という戦法は、先手が有利とされています。それにもかかわらず、相手側がその戦法を拒否したり、事前の研究があるにも関わらず先手番では驚異的な勝率を残しています。
モザイク図では、横軸にも意味があることに注目です。横軸はX軸に指定した変数のカテゴリの割合に比例して幅が決められます。今回の例では、横軸を見ると若干後手の幅が先手の幅に比べて大きくなっているのがわかります。
これは、藤井八冠は通算でみると若干不利と言われている後手番での対戦が先手番より多いことを意味しています。410戦中、先手番199回、後手番211回で後手率51.4%です。このような状況でも驚異的な勝率を残しているのはすごいですね。
③タイトル獲得前/後での先手・後手別の勝率は?
藤井八冠が初タイトルである”棋聖”を獲得したのは、遡ること3年ほど前の2020年7月16日でした。以降、次々とタイトルを獲得していきますが、タイトル保持者の宿命なのか以降はトップ棋士と対戦する機会が増えています。
そこで、タイトル保持前(非保持)、保持後(保持)で分けてみて先手・後手別の勝率を調べてみましょう。グラフビルダーのモザイク図では、グループ変数を使って簡単にグループに分けて分析を行うことができます。
モザイク図を見ると興味深い結果が見て取れます。
タイトルを持っていないとき(非保持)では先手と後手の勝率は5.6%ほどしか差がなく、カイ2乗検定の統計量は1.32、p値は0.2505であり有意ではないのです。
一方、タイトルを保持してから(保持)では、先手と後手の勝率差は17.2%となり、カイ2乗検定の統計量は9.57、p値は0.0020となり高度に有意であるという結論になります。
さらに非保持のときは後手番が多かったのに対し、保持のときは先手番が増えている点に注目されます。トップ棋士との対戦が増える中で、先手番が多くなり、その利点を最大限に生かした結果として、保持後の先手での勝率が90%という驚異的な数字を記録しているのでしょう。
■パーティション(ディシジョンツリー)を使って、先手番勝率が高まるターニングポイントを探索
JMPには「パーティション」という機能があり、目的変数(Y)に関連性が強い説明変数(X)はどれか、データがどのように分類されるのかを対話的に確認できます。
ここでは勝敗(勝ち/負け)を目的変数、先手・後手、対戦日を説明変数としたパーティションを実行し、勝敗を最も区別するように、データを2つのグループに分割していきます。
最初は、意図的に対戦日(日付)で分割してみました。すると、下図のように2つのグループに分割されました。
2017年7月2日以前と以後で2つのグループに分割されています。右側のグループ(以前)の度数が29となっていますが、この数字でピンと来た方は藤井通と言えるでしょう。
藤井八冠(当時は四段)は、プロデビューをしてから29連勝を挙げました。当然ながらその間の勝率は10割ですので、29連勝までとそれ以降で勝敗の差がでるので、そこで分割されたのです。
さらに2つに分割を進めていくと、次のような結果が得られます。
上図の緑枠で囲んだ分割に注目です。29連勝が途絶えてから、先手での勝率の差が大きく分かれるのは、2020年11月20日以前とそれ以降であることがわかります。
上記の結果から、勝率の差が大きく分かれる期間をまとめると以下のようになります。
- 2017年7月2日~2020年11月19日: 勝率3%
- 2020年11月20日~2023年10月11日: 勝率3%
藤井八冠が2つ目のタイトルである”王位” を獲得したのが2020年8月20日ですので、ちょうどその3か月後が先手で勝ちまくる分岐点となっていることが興味深いです。
八冠になった後も、将棋に対して真摯に向き合う姿勢は変わらないことでしょう。八冠はあくまでも通過点であると考え、その後も藤井八冠の活躍を見守っていきたいと思います。
※ 最後まで読んでいただき有難うございました。